連絡先に質問メール送信。
〈運営上の確認〉 政治的立場の違いを暴力によって「解決」することを実践し、
その行為と思想を正当化し続ける人びとの参加はおことわりします。
と言う一文がサイトにあったのだが、具体的にどう言う人物を指すのか、
私がそれに該当するのかどうかがさっぱりわからないため、
主催側の判断を尋ねることにしたのである。
【4月30日】
12時過ぎまで待つも、メールの返信は来ないので
「明確に拒絶されなかった」と言うわけで参加していいものと解釈して会場へ出発。
【第1部】
大久保区民センターのホールにてメーデー宣言集会。
想像以上に小さいホールで、椅子などはなく直に座らせる形。
肥満の上に体が硬い私には苦痛であったのだが、それはさておき。
いろんな団体がメーデーに当たってのアピール、宣言を行っていく。
その中には私の胸を打つものあり、首を捻らざるを得ないものありと
玉石混交の感はあったが、まずその中でも胸を打ったものを記しておく。
長居公園仲間の会
誰かがこう言った。「声をあげたら生きていけない。」
ほんとうは違うだろ。声をあげなきゃ生きていけない。
野宿の仲間は排除された。テントは強制撤去された。解体したテントをトラックに積み込んだのは日雇い派遣のフリーター。おれたちの抗議行動を制し続けたのも臨時雇いの警備員。彼らはその時、何を思っていただろうか。来年も同じ仕事をしているだろうか。2007年2月5日を忘れない。
ダンボールハウスに石を投げつけ、花火を打ち込んだ中学生は、五年後も帰る家をもっているだろうか。おれたちとキャッチボールをした近所のチビっこは、投げるものを間違えずに生きていけるだろうか。長居公園テント村の10年間を忘れてはいけない。
まだ形にすらなっていない個々バラバラにされたおれたち。生きて、うたって、アセかいて。日々の暮らしの営みのなかで、おれたちが分かち合えるものをつかみたいと願う。生きる手段が殺し合いなんて、もうたくさんだろ? その先なんて見たくないだろ?
貧乏人どうしが殺し殺される連鎖に、いつか終止符を打つために。おれたちは声をあげ続けよう。
ホームレスのテントを実際に排除したのは同じく貧困を生きる、
それ故にそうせねばならなかった日雇い派遣や臨時雇い。
将来の自分の姿であるかもしれないのに、遊び気分でホームレスを虐げる中学生達。
そんなやるせない現実が、ひしひしと伝わってこないだろうか。
一方、最大級に首を捻ったのはこの主張。
・皇族や関係省庁に270億ぐらいかかっている。
・270億あれば、自殺者3万人に十分なお金を出せる。
・故に、皇族は廃止するべきである。
うろ覚えなんだけど、乱暴な話である。
経済的理由で死に行こうとする人たちに援助するべきだと言うのは
理解するところであるが、その財源として天皇や皇族を結びつけて
狙い撃ちする必要はないはずなのだ。
両立しうるものを、わざわざ二者択一しかない様に言う辺り、
皇族廃止と言う結果ありきと思われても仕方ないであろう。
ちなみに、社民党党首福島瑞穂も発言していた。
内容は記憶の彼方に忘れ去ってしまったが。
【第2部】
デモに参加するために外に出る。と、首都圏青年ユニオンの専従と組合員がいた。
ユニオンのメーリングリストには今回の件は流れておらず、
誰も来ないんだろうと思っていただけにびっくり。
けっきょく「すき家は残業代を払え」と言う横断幕を持ち、
ユニオンのメンバーと歩くことに。
先頭近くにいたのだが、音楽ばかりでシュプレヒコールの機会が
あんまりなかったのは少々物足りなかった。
ちなみに、この間に毎日新聞の取材を受けたのだけれど、
こんなことになろうとは、その時は思いもしなかったわけで(^^;)
警官がはりついていたものの、逮捕されることはなく区民センターに帰還。
うろうろしていたら、狙いすましたかのように「革命的非モテ同盟」なる
団体からチラシを渡された。
…………ああそうですか同志と思われましたかorz
【第3部】
プレカリアート交流集会(発言&トークセッション&分散会)
中央大学の生協のパートが雇用保険への加入や有給休暇の取得を求めたら
監視・嫌がらせ・処分で攻撃してきた挙句に不利益な配転をさせて
従わないから解雇とするなどと言う事例を聞かされて絶句。
トークセッションでは、「もやい」の湯浅氏が、
「もやい」に寄せられた相談メールを読み上げたのだけれど、
その内容は切実、悲痛であった。
特に最初のメールは、窮状を訴える中に「すみません」「申し訳ありません」が
度々繰り返されていて、自己責任の流れの中で精神を滅入らせている様子が
はっきりと窺えた。
中盤、長々と一人でしゃべり続ける奴がいたりして飽きてきたので
軽食ブース「抵抗食の会」へ移動。ただシステムがぱっと見てよくわからない上に
品切れが多く、チョコレートケーキだけ食べて戻ることに。
会場に戻って来たら分散会。
4グループに分かれてフリートークと言う形式だったんだけれど、
一人が延々としゃべる&真ん中の数人しか話さない、と言った状態に。
言ってる内容は勉強にはなるんだけど話を聞きたいのはお前じゃねぇ!と
言う気分に陥って何となく不完全燃焼。
アンケートにはその辺の不満を記しておいて、会場を辞して2次会へ。
【2次会】
戸山公園で宴会。
職場のひどい実態などについて話し合うなど交流したりして、
酒の勢いもあって不完全燃焼気分は消失。
初参加の人に感想を話してもらおうと言うことになり、
そこで恐る恐る「右」の立場を明かしたのだけれど、
反新自由主義と言うこともあり、突っかかってこられるようなことはなかった。
それで、「右左云々さえ我慢しておけば共闘できそうだ」と、この時は思っていた。
そして12時過ぎていったん片付け。
ここで帰っておけばよかった、のだが。
以降、追記にて。
そろそろ帰ろうかと言う段階で、ある人物に話しかけられる。
最初は首都圏青年ユニオンの、今回のメーデーに対する対応についてだった。
それから話が私の何処が右側なのかに及んだので、
「太平洋戦争はやむをえなかった」やら「従軍慰安婦が何で今更」
などと馬鹿正直に答えてしまったが、これがまずかった。
態度を豹変させて、物凄い剣幕で突っかかってくる相手。
手持ちの知識で反論を試みるも、そもそも論戦の準備などしておらず、
相手の激昂した態度に呑まれたこともあり次々と反論不能に陥る。
・軍隊が主導して集めさせたと言う証拠がない。
→終戦時に処分したに決まってるだろ!
・証言が矛盾していて信用することができない。
→お前レイプされたことあるのか!?
そして相手の突きつけてきた事柄に対しては対応しきれず、
「こんなこと(国家無答責の原則や、拉致は個人の暴走とする北朝鮮の主張)も知らないのかよ!?」
「すみません、知りません」などと言うやりとりがあった直後の捨て台詞。
「馬鹿じゃねーの!
そんなことも知らないでよく右翼だなどと言えたな!」
……この瞬間、彼等と連帯・共闘すると言う意識は消滅。
私を見るに見かねてフォローしようとしてくれた人もいたけれど。
自分達の陣営に取り込んでいく手法の一環なのかもしれないが、
かように面罵されて、なお手を取り合ってやっていくつもりになど
到底なれるはずがない。
フォローしてくれる人が輪に戻ろうと促してくれるも、
一旦トイレに行き考えて、やはりそんな気分にはなれないので帰ることにする
終電はすでに過ぎてしまっており、高田馬場から練馬まで歩き、そこで力尽きてタクシーで帰宅。
5月1日の午前は首都圏青年ユニオンが参加するメーデーがあり、
そのためにわざわざ半日の有給休暇まで申請していた、のだが……
心身に残った疲労のため、参加は断念せざるを得なくなってしまったorz
【後日談】
帰ってきてから、mixiの反応を見てみる。
mixiでは予想以上に否定的な意見が多くて驚いた。
プロフィールまでは確認しなかったが、よほど自分の努力や能力に自信があって、
職に恵まれている幸せな人達なんだろう。
私も一昔前なら同調したんだろうけど、自分の経験やユニオンの活動で
現在の企業が如何にルール無用の悪党と化しているかを知ってしまったから
とてもそういう気にはなれない。
自己責任論を用いるにしても、企業に守るべきルールをきっちりと
守らせるのが先ではないだろうか。
あと、馬鹿呼ばわりされた件について改めて考えてみたが
…………無理。奴らと何かやってくなんて、やっぱ無理。
これをやったのが単なる一参加者と言うならまだ我慢のしようもあるが、
後日ニュースを見たら第1部で司会をやってた人物と判明。
言わば企画の中枢近くにいる人物が、初対面の企画の参加者を、
歴史問題での主張が違うからと(酒が入っていたにせよ)、
こうも罵倒してくれたわけである。
さらに、フリーター労組の副代表(多分)はその様子を見て、
「流石●●さん」と悦に入っていたりする。
明らかに左系の空気が支配している場で口を滑らせたのは私のミスとしても、
それに対するこのリアクションには、相手の感情も考えずに議論を仕掛けて
悦に入りたがる、サヨクに共通の「俺=正義」な病理がありありと感じられた。
こんな「テメェ等がフリーターなのも無理ねぇや」と思わせるような
連中が中心では、広く連帯していくなど夢のまた夢だろう。
狭い会場しか押さえずに直接床に座らせると言うやり方も、今にして思えば
自己満足ぶりの表れでしかないような気がする
(労働運動系の集会には何度か参加しているが、他はもっとちゃんとしていた)。
何よりも、「分断して支配が奴等のやり口だ」と言いながら、
自ら分断を生み出している辺りが滑稽であり、救えない。
「5・20は大丈夫かなぁ」「保守〜中道系の労働組合出来ないかなぁ」とか
そんなことをつらつらと考えつつ、今回はここで筆を置くこととする。
2007/05/04(金) | 日記 | トラックバック(0) | コメント(7)



