FC2ブログ

ネトウヨ風味のヌルオタ、緑城雄山のチラシの裏

VOICE誌「人権団体が五輪で犯した失敗」に反論する

軍事板常見問題様にリンクがあったのでたどってみたら……あまりにも酷い。
他にもいろいろやることはあるのだけれど、それを放置してでも反論しておきたい。

人権団体が五輪で犯した失敗/山形浩生(評論家兼業サラリーマン)
(追記部分に全文を転載)


経済発展のおかげで改善しつつあった人権状況がかえって悪化したという批判もある。現状ではまだ報道管制が強く、あまり各種の事件が伝わってはこないが、それでも実情はこの後者に近いようだ。

はて。そんな批判には寡聞にしてお目にかかったことがない。
実情が近いと言うなら、具体的な調査例を挙げるべきだろう。

アムネスティの中国 : オリンピックまでに人権状況の改善をによれば、

アムネスティ・インターナショナルの最新の評価では、人権の基準となる4つの問題について、オリンピックを前にした中国政府の動きの総合記録は、あいかわ
らず満足のいくものではない。死刑制度については若干の進展があったが、その他の重要分野において、政府の人権記録は悪くなった。

とあるし、第1回ウイグル勉強会で語られたところによれば
・中国語教育の強制:2000年(大学)~2006年(小学校・幼稚園)より開始
・独身女性の半強制連行:2006年より開始
・移動の自由の制限:2008年より開始
と言うことであり、
人権状況がこの10年間で改善したと言うような実情があるとは、到底考えられない。


メディア受けするパフォーマンスにばかり血道を上げたために、それさえ抑えれば万事OKという反応を生み出してしまった。

人権団体が絡もうが絡むまいが、中国の体質では起きていたこと。
これを人権団体の失敗と言うのは、暴論に過ぎる。
また、人権団体に限らず、現在進行形で弾圧されている人達がいると知れば、
助けたいと思うのが人の常であろう。そこを、「自己目的化」などと括った上に、
「建前上は助けたいはずの人々の立場を悪化させている」などと、さも傍観してれば
よかったというように書くのは如何なものだろうか。


 これは、IOCが北京オリンピック開催前にもいっていたことだ。中国は人権がどーたらだから、そんなところでオリンピックを開催していいのか、という質問に対する答えとして、いま人権で偉そうなことをいっている先進国だってほんの100年前にはとんでもない状況だったじゃないか、と会長は答えていた。近代化が始まって間もない中国に、急に先進国と同じ人権水準を要求したって無理だろう。これまでの改善を評価してあげようじゃないか、と。

五輪を招致するために人権状況改善を公約したのは、他ならぬ中国。
いったん世界に公約した以上、一挙手一投足に注目されるのは仕方の無いこと。
あと、「これまでの改善」とあるが、むしろ悪化しているために
「粗探しばかり」されている
とは、どうして考えないのだろうか。


 日本だってそうだ。東京オリンピックのときに外国のメディアがやって来て、水俣病やぜんそくばかりを報道し、全学連のヘルメット学生ばかりがインタビューされ、「こんな日本にオリンピックを開く資格があるのか」とかいわれているような状況になったら、たぶん国民みんなが激怒し、日本政府だってそれを必死で弾圧したことだろう。

・日本は五輪開催に当たって環境問題や学生運動問題の解決を
 公約しているわけではない
・戦後日本においては、現在の中国のような大規模かつ
 公然とした人権弾圧は行われていない
・戦後日本においては言論の自由が保障されており、
 反対論者をあからさまに弾圧することなど出来ない

戦後日本と現代中国とにはこうした差異があり、この文中のように決して
同列に並べて論じてよいものではない。
仮定であるにしても、そう言う視点が欠落している辺り、無茶苦茶である。


 だいたいぼくは、そもそもあらゆる場所のあらゆる人間に同じ「権利」があるという発想自体が変だと思うのだ。密集した都会と農村部とでは、プライバシーや所有権についての考え方は明確に違っている。経済の発展段階に応じても、人々に何が実際にできるかという水準は変わる。できもしないことの権利ばかりあれこれあっても意味がないだろうに。

あらゆる場所のあらゆる人間が、全く同一の権利を享受するなどと言うことは
確かにありえないだろう。
しかし、場所や人種によっては極度の人権侵害が許されると言う話にはならない。
また、地域と言う視点で見るならば、漢人とチベット人、漢人とウイグル人の間で
差別的な扱いがあり、享受できる人権が違うと言うのもおかしな話である。
こうした人種間差別や、法輪功学習者への「臓器狩り」を止めるのは、
中国にとって「できもしないこと」ばかりか十分可能なことである。


あとは一々引用する必要もないかとは思うのだが、どうも人権と言うものの
捉え方がずれているように思えてならない。
世界中の60億人が、全く同じ権利を享有できなければならないなどとは言わない。
それは理想としてはありだろうが、現実問題として非常に困難だろう。
しかし、地域によってジェノサイドやそれに匹敵する人権侵害が
許されるなどということはあってはならない。

著者は兼業とは言え評論家を名乗っているのであるから、
国内外における中国共産党政府の暴虐を知らないとは考えにくい
(もしそうなら、評論家失格と言わざるを得ない)。
となれば、敢えて中国の人権問題を瑣末な問題であるかのように扱い、
論点をそらして、中国を批判から擁護する狙いがあるのではないかと
疑心を持ってしまうのもやむを得ないのではないだろうか。


VOICE誌自体は、目次を見る限り城繁幸氏の「貧困ビジネスで稼ぐ連中!」や
水谷尚子氏の「ウイグルの襲撃事件はテロか」など興味深いコンテンツがある。
それだけに、この記事の残念さが際立ってしまい非常にもったいない。

  

ここがだめ、と粗探しばかり

 中国オリンピックがそろそろ終わろうとしているところだ。今回のオリンピックは、中国の人権問題がかなり大きくクローズアップされたのが1つの特徴だった。当初は、オリンピックによる注目のおかげで、事態が改善するのではという期待もあって、当初のチベット絡みではそんな部分もあった。
 
 だがその一方で、イベントに備えて体裁だけ取り繕おうと焦るあまり、都合の悪いものはとにかく隠してしまえとばかり弾圧と報道規制が強化され、もともと経済発展のおかげで改善しつつあった人権状況がかえって悪化したという批判もある。現状ではまだ報道管制が強く、あまり各種の事件が伝わってはこないが、それでも実情はこの後者に近いようだ。
 
 それはある意味で、人権推進派圧力団体の失敗でもある。メディア受けするパフォーマンスにばかり血道を上げたために、それさえ抑えれば万事OKという反応を生み出してしまった。もちろんそうした人権団体はそれが失敗だとは思わないだろう。彼らの多くは、自分たちのメディア露出自体が自己目的化しているので。でも、それは彼らが建前上は助けたいはずの人々の立場を悪化させている。
 
 こうした人権活動家や団体は、つねに絶対的な状況にばかり注目する。たしかに中国の検閲や各種弾圧は、先進国と比べればかなりおっかないものではある。でも、10年前に比べれば雲泥の差だ。それなのに、その改善部分には注目しないどころか、せっかく少し規制を緩めても、まだあそこがだめ、ここがだめ、と粗探しばかり。規制緩和して人権をある程度は大事にしてあげると、いいことがあるんだというのも伝えてあげないと、彼らだってやる気が出ないだろうに。
 
 これは、IOCが北京オリンピック開催前にもいっていたことだ。中国は人権がどーたらだから、そんなところでオリンピックを開催していいのか、という質問に対する答えとして、いま人権で偉そうなことをいっている先進国だってほんの100年前にはとんでもない状況だったじゃないか、と会長は答えていた。近代化が始まって間もない中国に、急に先進国と同じ人権水準を要求したって無理だろう。これまでの改善を評価してあげようじゃないか、と。
 
 日本だってそうだ。東京オリンピックのときに外国のメディアがやって来て、水俣病やぜんそくばかりを報道し、全学連のヘルメット学生ばかりがインタビューされ、「こんな日本にオリンピックを開く資格があるのか」とかいわれているような状況になったら、たぶん国民みんなが激怒し、日本政府だってそれを必死で弾圧したことだろう。が「よくここまで発展しましたね」といわれれば、もう少し努力する気にもなるだろうに。


中国に権利意識が芽生える日

 だいたいぼくは、そもそもあらゆる場所のあらゆる人間に同じ「権利」があるという発想自体が変だと思うのだ。密集した都会と農村部とでは、プライバシーや所有権についての考え方は明確に違っている。経済の発展段階に応じても、人々に何が実際にできるかという水準は変わる。できもしないことの権利ばかりあれこれあっても意味がないだろうに。
 
 そもそも誰がどんな「べき」論を展開し、メディアで何をいって外圧をかけようとも、その地域の実質的な人権というのは、その地域に住む人々の意識に懸かっているのだ。その人たちが何を自分の権利として考えるか、ではない。むしろ、その人たちが何を他人の権利として認めるかだ。そしてそんなことを考えなくてはならなくなるのは、人がある程度集まって住む都市部での話に限られる。
 
 密集して衝突がしょっちゅう起こればこそ、人々が何をして許されるかというのをあらかじめ「権利」というかたちで決めておかないと面倒で仕方なくなる。でも、それが各地で必ずしも同じになるべき理由はないはずではないか?
 
 その意識は、明文化される以前からだんだん人々の行動に内部化されるようになってくる。たとえばインドのデリーでは日本の援助で地下鉄ができて、そこではだんだん列の遵守とか譲り合いといった規範と、それを侵害されたときに怒るという権利意識の芽生えが見られている。中国でも、オリンピック自体にまつわる騒動は、結局あまり人権向上に役立たなかっただろう。でもオリンピックで実現した一部のインフラ整備や都市生活の環境整備は、たぶんだんだんと中国の人々にもそうしたことを考える契機を提供することになるだろう。
 
 中国の現状が無問題ではないのは、誰の目にも明らかだ。でも、それが少しずつ改善されているのも事実。いま閉会式でマスゲームに動員されている人々も、10年たてば意識はまったく変わっているだろうし、2008年の自分たちを信じられない思いで振り返るんじゃないか。



スポンサーサイト



コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

緑城雄山

  • Author:緑城雄山
  • 【概略】
    40歳、男。
    趣味はTRPG他ゲーム。

    市民団体「名も無き市民の会」幹事

    【性格】
    気まぐれな自由人。

    【Twitter】
    @midorinojou

    【MSN】
    invincible_ro@hotmail.com

    【mixi】
    id=275239
最近の記事
カレンダー
プルダウン 降順 昇順 年別

09月 | 2019年10月 | 11月
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -


最近のコメント(コンパクト)
データ取得中...
トラックバックリスト
カテゴリー
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク
このブログをリンクに追加する
FC2カウンター
FC2ランキング
ブログランキング

FC2ブログランキング


ブログランキング・にほんブログ村へ



ランキングに参戦。
クリックの御協力を!
RSSフィード
QRコード
QRコード
blogranKing.net
ブログ内検索
あし@
gremz
星が見える名言集100
アゲハ時計
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
FC2ブログジャンキー

「アクセス数が全然伸びない…」そんな悩みをブログジャンキーが解決します!

UNIVERSAL CENTURY(宇宙世紀)
金魚♪
??
HeroRisa

?????????A?j????
GIF?A?j??